2010年04月30日

読書雑感5冊

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●世界に抱かれるために
田口ランディ

ランディは自分の業というものに
いつも真っ正直だ

『こういう考えは偽善にちがいない』や
『こういうのは卑怯だ。私は嫌で嫌で逃げたいのだ』
『悲劇的な事件に胸を痛めている…
だが実際は日常の一喜一憂に生きている』とか

『当事者くらいのつらさを引き受けているつもりの
取材者だったが…いざ当事者になると全く違った…
当事者の痛みをわかったつもりは思い上がりだった』

ということなど

それは全て読む者の業をも刺激する。


そして彼女はいつも

引きこもりで餓死した
その翌年亡くなった
酒乱でどうしようもない

かつての父と兄の諍い

のことが頭から離れない。


特に「兄がどうして死ななければならなかったのか」は
彼女を今も締め付ける。

その結論を求め
ランディが興味を持つ
超自然的なものを司る人達に出会ったときに
繰り返し尋ねるのだ

普段は豪放磊落に見えるランディ
夫や子供を愛してる傍ら
いろんな人達と飲み歩き遠出し
人生について気の済むまで追求する。

ウサ晴らしとあくなき追求。
『人間』についてとことん語り尽くす
相手がいるのも幸せだ。

日々忙殺されながら
皆本当は人間や人生について語りたいのだ。
と私は思っている。

近年
ならずものの父親が亡くなり

(このお父さん、読者にも
晩年は優しくなったり喧嘩したり弱くなったり
いろんな側面を見せてくれた…人間臭くて嫌いになれない)

また彼女の歴史が刻まれた

生きている意味
家族の生涯の意味づけを
ランディなりの結論を追ってゆくんだろう。

「もう考えるな」そう言われることもあるが
多分考え続けて行くのがランディなんだろう。



●ラクガキいっぷく
中野翠


中野翠のイメージって
シニカルでもあるが高潔で一本気というか

(あの直線的な髪型の印象もあると思う)

それでいて落語に造詣が深い
粋なオジサンのような側面を持つ。

アグネス論争のときは
当時独身の林真理子と一緒に喧々囂々だったが

林真理子は子供を産み
それでも夜な夜なパーティーに出かけたり
ブランドを買いあさったりしている

中野翠とは子連れで職場に来るアグネスに
当時不快感を持ったというのが一致しただけで
そもそも生き方が違うのだろう
あれからは一緒になることはないみたいだ。

時代は変わり
アグネス効果か
子連れ出勤も市民権を得てきた。
仕事場にちゃんとした場所が設けられれば
子連れも迷惑ではない時代に。

今回のエッセイでも
いろんなとこで感心したり共感したりしたが

『アメリカアクション映画で周りの人が大量に死んだり
すべてが壊れたりすると主人公に感情移入するより
周りはどうなるんだ、片付けとか…と途方にくれる』

という部分。

先日2012を観た私はまさにそういう感情
『都合良すぎるストーリー』に腹がたった
家族の九死に一生というのを描く
ことを優先した余り周りの悲劇がないがしろ

…中野翠的にプンプンした。

余談だが

中野翠は石川三千花とのコラボが好きである。
彼女らの欧米俳優達への
賛否あれこれがかなり一致してて名コンビだと思うのだ。

もうメリルストリープについて2人はこう思ってる
とか
ジョンキューザックについてはこうだ
とか
私の頭にインプットされ過ぎている。

そして絵心満載の2人だからこその
俳優のファッションや表情についての一過言が面白い。



●墓場まで何マイル?
寺山修司

寺山修司が息をひきとる直前まで書いていたエッセイ

彼は病に倒れながらも
入院はせず、いろんなところを渡り歩いていたようだ。

自分の足跡を遺し、自分の旅立ちに悔いを残さない為に
…だろうか。

エッセイも昔を振り返りながら
感慨に耽っている。

そして角川春樹や吉本隆明と対談している章があるが

角川春樹には
父親になれなかった自分
そして

吉本隆明には
『死』についての文学的見地からの解釈」を話している

寺山修司は
永遠の独身貴族というイメージで
また家族が似つかわしくないような
色気のあるタイプだと思っていたが

息子を持って置けばよかった」というふとよぎる思い

角川の「息子の為なら…」という実際の子供への愛を聞きながら

「俺は家族を知らないから自身がない」と

「この歳から子供を作っても、
子供の悩みを聞くくらいの時期にはよれよれだから」

と生涯独身の意志を固める寺山。

なんだか感慨深かった。

しかし寺山の心象風景にはとにかく「息子」しかいないのも
なんだか。
娘というイメージはゼロのようだ。

病の中で書いたエッセイの中で
子孫がいれば「,(コンマ)」だが俺は「.(ピリオド)」

というようなことを語っているのも

持つなら息子…それは次世代の自分の分身
そう思っていたのかもしれない。

吉本隆明(ばななの父)は
思想家、文芸評論家としても有名だが

吉本×寺山の語る「死」というものは

私が友人と語る「死」とは全く違う

よくぞこれほど文学的見地から語れると思うようなものだった。
そこには文学の先人が対峙してきた「死」と
自らのそれを擦り合わせるような果てしないイメージの作業だが
その対談の中で
吉本、寺山それぞれが「死」に対しての何かを固めて行く感じはある。
覚悟のようなもの?
諦めのようなもの?
宗教のようなもの?

その死に対する文学的対談

そこに置かれ右から左から下から上から
いろんな角度で覗かれる「死」は
私が考えるより高尚で
ある年齢を重ねた境地で
悟りえるものか…などとも思う。

私にとっての「死」はまだ漫然としている。



●ちょっと長めのショートショート親友のたのみ
星新一

彼特有の不可思議な空気で
ぐんぐんひきこむ
今回ワインを飲みながら読んだところ…
なんてワインに合うんだろうと思った。

しかしこの少し長めのショートショートという長さ
普段のショートショートより
オチが釈然としない

星新一は長編なら長編のたっぷりとした面白さがあるのに

この長さは
クライマックス直前でバッサリ切られてしまうような
その気持ち悪さと
ひきずる感じが残る。

ショートショートのオチが鮮やかな爽快感ではない。
もしや短距離やマラソンが得意でも
中距離が苦手なランナーなのか…

雑誌の文字制限の中で苦しみながら
作ったもので彼のリズムじゃないのかとも思った。

しかし実はオチのもっと前からスッパリやって
こちらに大部分を考えさせるような…
それが狙いならかなりヤラレタと思うが

今回は冒頭の
主人公イラストレーターのとこにやって来た親友…
主人公がたまたま忙しく締め切り前で構えなかったのだが
翌日親友の母親からの電話で『息子が死にました』

イラストレーターの私からみたら気になって仕方ない冒頭だったというのもあり
私自身『忙しい』と母親を追い返して嘆かれたこともあるのだ

しかし今回この長さのショートショートを読んで

オチばかりに気持ちが向かうのは

星進一の遺した彼独自の空気をたっぷり孕んだ物語に対して
失礼なことなのかもしれないと最終的に思った。

物語の道程を楽しみ、読後感のもやもやまで楽しみたい。



●介護と恋愛
遥洋子

オシャレな恋愛を手にした自分、
と同時に認知症が始まった父親…

それも偏屈で頑固で愛人までいた父親を
家族と交替で介護する自分。

女であることと娘であることにうまく折り合いをつけて
やっていこう…そうすればするほど鬱積する手に負えないもの

介護は綺麗事じゃなく
うんことの戦いだと言い切る遥洋子

病床の父の面倒を
昔の恨みから
完全放棄しているその妻(母親)
徹底し過ぎて何か可笑しさも漂う
離婚だけはしなかったのは5人の子供のことを考えてだろう。

父の思いを斟酌して
愛人に電話して連れてくる家族達…これにはたまげた

終わりに近づくとこで

10ページ使って悪態ついている
ズバリズバリ…

建前が全て崩れる瞬間。
自分の中で言葉にしてしまう瞬間

綺麗事をめった打ち!
ステキな自慢の彼氏のこともめった打ち!
介護にまつわる人々の思惑や
自分自身のズルさや本音を全部吐露してめった打ち!

読後の湿っぽさはない代わりに
めった打ち部分が胸に突き刺さったままだ。

(あとから知ったのだが
これは原沙知絵主演でドラマ化もされていた)
posted by 彩賀ゆう at 11:15| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月09日

読書雑感5冊

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●銀河不動産の超越 森博嗣

なんかあっちゅうまに読んでしまった。

主人公高橋君は平凡過ぎて欲もない人間なのだが
次々と出くわす人物と交流せざるをえない状況に。
数奇な運命に翻弄
されてしまう。

しかし
それさえも苦にしないのが彼の才能。

多分どう転んでも誰も責めないんだろう高橋君。

最終的には絵に描いたような穏やかな幸せがそこに。

流れに身を任せるというのも幸せだ。
宇宙的な展開も期待したが…

広陵とした住処という宇宙で遭遇する異星人
すべて受け入れる高橋君…ちゅうことで
彼のキャパが宇宙なんだねきっと。



●めんどくさがり屋さんの収納術 板垣康子

なかなか親切。

めんどくさがり…すなわち「気が急いてる」ってことで

そこにもこの本はちゃんと対応してくれている。

ここは四角四面にしなくていいのよ…ここはこうで」という

そんな優しさもあるし

『はっ!』とさせられることも多くある。

「こうしなきゃ」という神経質な人が書いた
ストレスを増やす本は収納術本にも多いが

…そこがゆるいのがリアルに生活に根ざしていて
とってもいいと思う。



●時にはうどんのように 椎名誠

椎名誠、結婚してても
モンゴルで何か月も暮らしてしまうくらいの自由人だ。

かといって奥さん人質に取られたりしたら
すごいナギナタ持ってかけつけるかもしれん…
と思えるヒーロー的な色気も持ち合わせている。多分。

この本は椎名のつぶやきみたいな本だけど

極端に無頼な印象の椎名が
宴会が『高級料亭だった!!』と「ジーンズに裸足」という
自分の格好をいきなり恥じたりして
慌てまくって
ぎりぎりまで色々と努力するが
結局…時間切れでそれで通したりするんだ。これが。

宴会に居合わせた人は「いつもの椎名」と思うに違いないが
そんなワイルドで無頼派に見える椎名が
案外小市民なとこがおかしい。

ちょっとした表彰式で慌ててスーツを買おうとして
百貨店に入れず量販店で買ったり…

そんなんなんだあ椎名誠。ぷぷ。


●ブラザー・サン シスター・ムーン 恩田陸

男2人と女1人3人3様の生き方感じ方が描かれているが
最初こそ重なり合ってた3人は

それぞれのクリエイティビティによって
感性、そして人生の指針などを得て違う方向へ進んでいく。

3つの角度…
それもちょうど大学生という悶々とした時期であり
言葉の一欠けらも瑞々しい。

「ものを作ろう」という感性で合致する心の一部もあるが
感じ方の相違や
「自分が何者であるのか」という個々の自意識によって
それらは寄り添わない。

だけど「印象的なできごと…そして映画」は
やはりその3人の中で違う煌きを持って生きている。


●おばさん未満 酒井順子

うーん。凄いタイトル。

酒井順子さんの本は殆ど読んでいるのでこれも多分通り道。

しかし順子さんも43歳になり考えるところは増えている。

彼女の物凄い細かく説得力ある分析が好きだ。

そして図書館司書のように…
新たな情報でも「これはココ」と
さっと的確に分類してしまう

それが気持ちよく、
そして私のどこかで彼女の客観性が
生きるヒント」になっているともいえる。

彼女はたまに物凄い毒を吐いたり
また物凄いシモネタを書いたりするが
何やら気品のようなものが漂うのも素敵だ。

この「おばさん未満」は
表紙の水森亜土ちゃんのかわゆい絵にも惹かれたが
読み込んでみると
今の酒井さんの状況…「負け犬の遠吠え」を書いたときの彼女とは
また違っているのだ。
「子育てが終わった友達」とも友達関係を復活できるのは
今だからこそ!!てなことも書いているし
(以前は『生き方が違うから感じ方も』という距離の置き方だった)

遅くに結婚したお兄さんの子供達も大きくなっていて
(その昔は『酒井家を途絶えさせてごめん』的なことも書いてた)
肩肘張らずいい具合に「ストン」としてきている。

最近「しがみつかない生き方」っての
香山リカが書いたが
同じ分析型だけど
似てて非なるのが酒井順子

酒井順子の「客観的」でいながら
さめた頭の一部で大笑いしているとこがイイと思うんだなあ。
それも「笑え」ってんじゃなく
ガッツリ「ひとり笑い」のようなとこが。

ま、今後も切れ味鋭い文章を楽しみたいです。
posted by 彩賀ゆう at 18:38| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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