2010年05月25日

読書雑感6冊

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●追憶のハルマゲドン----------
カート・ヴォネガット

カートの遺作や未発表の短編を含んでいる。
カートかねがね太田光が崇拝している作家ということもあり
気になる存在だった。

独特のテンポで語る
シニカルで挑戦的な視点

この作品は
残酷な戦争
捕虜としての体験を元にした作品群である。

そこには極限状態の中の
現実逃避的な妄想
遮二無二作った遊び
モラルを無くしたいさかいの悲哀
彼のウィットを持って軽妙な話に仕上がっている
多くの諦めの中の僅かなる希望を彼が料理するとこうなるようだ。


アメリカ人としてのアイデンティティ
ドイツやソ連との関係性
当時の敵愾心
祖国アメリカがドレスデンを焼け野原にしてしまったやるせない気持ち

洋書のジョークを含んだ和訳作品は
私にとってはかなり集中力が必要だ。

明らかに日本語の流れと違う為
気を抜くと『あの その この』といった連体詞が
何を指すのかを見失う。

ストーリーとは別に
彼のアメリカンジョークを余すところなく堪能するのは
コツが要りそうだし近代アメリカ史を理解する必要がありそうだ。

冒頭のマークによる序文も秀逸。
マークは小児科医だが彼もまた父のウィットを継承している。




●より良く死ぬ日のために----------
井上治代

かわいい表紙だが(100%ORANGE)
内容は「死」に関する情報、概念や古来からの因習など
現実的に捉えた死にまつわるあれこれが書かれている。

難しい言葉もいっぱいだが
子供が読めるように漢字にはすべてルビがふってある。

私自身子供がいるわけじゃないので
葬儀や無縁仏とか
墓守りのいない墓はどうなる?という思いや
(これについては丁寧に答えや事例があり)

友人と『死んだら海に撒いてもらいたいけどなあ
とは言うけど可能なのかとか

(この疑問には
自然葬は可能だが
今の日本には火葬場に粉砕機がないから
撒く人自身が砕かないといけないらしいとわかる…
友人は子供に頼めば可能かもしれないが私は難しいか…と)

あと新しい情報として
桜葬の企画と実現にむけて活動している団体があるらしい。
(…桜の木の下に眠ることができるなんてすごく理想的ではないか、
桜を見る人には不気味だろうか?)

作者の思い
最初は自分の入るであろう墓にまつわる疑問が沸き起こり
ついには
広く『葬儀』『墓』に関して
因習からの解放を願う気持ちにつながり…
取材し沢山の本を出し訴える活動になっていき
今や作者のライフワークになっている

そしてこの本は仏教からの視点で人の死を
恐怖でも美化でもなく
人間の避けられない運命として
きちんと考えようと前向きに丁寧に解説している

これからの時代
結婚式と同じように
家制度から徐々に解放され
葬儀や墓にも個人らしさが
尊重
され始めるのかもしれない。




●俺、リフレ----------
ヒキタクニオ

表紙と導入部分に何故か猛烈に
惹かれ…読んでみた

だって
語りべが冷蔵庫

冷蔵庫の視点からある家族の生活を語る物語。
ときに物理的に
ときに生物学的に
ときに倫理的に哲学的に
そして誰より家族の幸せを祈っている…

この物語のテーマは『才能』

クリエーターにとって
あまりにデリケートな『才能』というテーマで
こんな小説を書いてしまう作者。

登場人物は
俺(冷蔵庫)
(伊作・自分の才能を信じようとする作家)
(悦ちゃん・挫折した絵本作家?イラストレーター…被害妄想気味)
甥っ子(バイオリニストを目指すも限界を見てしまう子供)

だけである。

才能について不毛な喧嘩を繰り返す夫婦

しかし危ういながらも
愛があり均衡もある

そこに波紋を広げたのは
甥っ子が打ちのめされた
『才能の限界である。

誰かに否定されたわけではない。
自分の「耳」が自分の才能の限界を悟ったのだ。

それによって
みんな見事に歪んでいき
いや抑えていた元々の歪みがアラワになってしまう

表紙裏の説明で作者ヒキタクニオはイラストも描く
マルチなクリエーターであるとわかる

きっと
伊作、悦ちゃん、光
作者の中にいる三人なのだ。

そして
妙に共感してしまったのは

伊作が
才能という言葉に過敏になったり
絶対いつかは来るはずの『連載打ち切り』が突然来て愕然としたり

自分の名前をわざわざ検索して
そこで出会う罵詈雑言にブルーになりつつ怒りを燃やしたり

という
今時のクリエーターが陥り易い苦難。
これこそ落ちればどこまでも深い穴であるが
すべて気の持ち方次第で這い上がるしかない試練であろう。

冷蔵庫に最初だけリフレと名付けた伊作さん
(そういや私も最初にMacや自転車を買ったとき名付けたりした)

家族を思うリフレの決断
すがすがしくも勇猛だ。

とても面白い物語だった。




●拳銃なしの現金輸送車----------
田中小実昌


田中氏のエッセイ。
タイトルは治安のいい日本の気楽さ平和さを表している。
他国からみたらユートピアだと。

田中さんは少年のようなおじさんのような
不思議な風貌でもって飄々と生きている感印象だったが
(生前は11PMなどにも出ていたようだ。)
そこは翻訳家としてハードボイルド作品を数多く手がけている人。
チャンドラーを語ればすっかり無頼で粋な男に見えてしまう。

エッセイの中では
『ぼくはバス病で意味なく日中バスに乗りまくり夜は飲んでいる…そんな毎日』
という部分に惹かれた。

イギリスやオーストラリアや
浅草や京都や横浜や…
バスの車窓からはインド洋が見えたり巣鴨が見えたりと
その景色を楽しみながら日々を綴っている

アメリカ西海岸ではバスが無料らしい。

私の住む地域はバスが一時間に一本
夕方からは遠回りするのでバス料金が嵩むので
市内を無料で縦横無尽に往来できる「バス天国」に憧れる

田中さんは戦時中の回想を面白おかしく綴りながらも
時代について語るのはナンセンス、
自分は「時代音痴、時代の不感症『時代痴』なんだ」と断言。

彼は時代を見据えたり
時代がこうだったと語るのを嫌う。

季節感溢れる旬のものには敏感で
それを五感で味わい筆に乗せる。

『為になる本が嫌い』ともいう。
楽しむ為だけに本はあると

時代を語らず時の海を闊歩し
バス病の生活に身をまかせ
人生も楽しむためだけにあると考える。

筋通ってる

彼は毎日好きなお酒を飲み肝不全で亡くなったが
きっと彼らしい人生をマットウしたと思うのだ。






●週末、森で----------
益田ミリ

またもや益田ミリです
今の自分に必要なのかも

主人公は
森のある田舎で暮らす早川さん

『農業はしない・お取り寄せ大好き・
友達との距離もつかず離れず』


実際はいろんな顔を持つ「森」だと思うが
森の『いいとこ取り』してるとこも夢が膨らむ
うっかりカヤックに憧れまくった私だ。

(最近友人と湖に行ってみたがボートはまだ営業していなかった)

都会で暮らすマユミちゃんとせっちゃん。
森で暮らす早川さんから
あらゆることに置き換えられる生きるヒントを貰う。

会社でのちっちゃい不満や憤り
それを腐らない方に導いてくれるのは
ささやかな息抜き
「大自然」や「語らい」や「お菓子」

そういえば女性は
小さな幸せをみつけるのが上手だから長生きらしい。

淡々と過ごす早川さん
森との距離もいい具合。
やはりほんとに好きなモノとのいい距離は
「極端にのめり込み過ぎない」ことだなと思う。



●上京十年----------
益田ミリ

ミリさんの漫画じゃなくてエッセイ…案外珍しい

団地住まいが嫌だったミリさんが
単独で東京へ飛び出しイラストレーターとして成功を掴んだ。
しかしそのスタイルはがむしゃらでもない。
最初も貯金を使いながらゴロゴロしてたらしい…
仕事もみつけずに。

大物だ!!
(私は独立してすぐは危機感一杯でがむしゃらだった)

絵もそうだが
なんだかギラギラとは無縁のミリさん。

かといって斜に構えてるとか
冷めてるわけではなく
風に揺れる野の花のように無理しない。

頑張れるときに頑張る。
自分を知ってるんだろう

前述した『お母さんという女』を読んで
ほろりと感動したけど
ミリさんは
あれで泣く人が沢山いたみたいで不思議』だって。
なんだか笑ってしまう。

確かに淡々とした母とのやりとり。
そこに読む人の感動スイッチがあることを彼女は知らない。
知らないというより狙っていない

やっぱり大物。


そしてあるときのミリさん。
嫌いな人に対し
『嫌いな人は嫌いでいい…と決めた。
無理してイイトコあるんだろうとか思うのはやめた』
とか強気な面も。

でもそれでいいんじゃないかと私も思う。
反りが合わない人っているし無理に合わせることもない。

彼氏と同居してるが
結婚はするかわからないミリさん
結婚しなくていいですか』という本も出している。

ミリさんには世間の常識などにはとらわれたくないという
芯の強さを感じる。

こういう感じのミリさんだから
私もなんとなくいい距離でずっと好きでいると思う。
posted by 彩賀ゆう at 23:00| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月11日

読書雑感5冊

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彩賀ゆう的に「少し疲れている感」がありますね。
本の選び方にそれは現れているのかもしれません。

なんといってもまず

●急がない
葉祥明

この本が気になって気になって…

葉祥明先生というのは絵本作家の方で
作品も心が洗われるような
地平や大平原など
美しい風景がファンタジックに描かれているものが多い。

そういえば昔
稲垣吾郎氏が彼の絵本を朗読するという番組があった。

さて

この「急がない」は

実際…先生からお叱りを受けているような本である。

こういうのは要約するほど野暮なことはないが
全体に流れている教えは

急げば急ぐほど時間を失い
生きてることを急ぐことになる…
死に早く辿り着いてしまうから
ゆっくりゆっくり焦らず
何事にも心を込めて進もう

という意味だと言ってもいい。

それが人生の大先輩である方からそう言われると

「…そうかもしれない…間違ってました」
と素直に思える。

この本には絵は載ってはいないが
こんな気持ちであのステキな絵を描かれているのだろう
と思えるような内容だった。

手元に置いておきたい本である。

●俺はモテても困らない
松尾スズキの突然独身ブログ
松尾スズキ

いや…
やっぱり松尾スズキは面白い。
先日珍しく「スタジオパークからこんにちは」(NHK)
に出ていたときも彼のペースで訥々とフザケタことを
NHKの放送コード内で話していた。

男性アナの似顔絵まで描いて
「えっと…あ、やっぱ言うのやめとこ」と言いよどんだ言葉を
アナ2人に「なんですか?」と問われ
「織田信成みたいな顔で…ワッ!と泣き出しそうなね…クックック」
と笑っていた。
男性アナはそこには返答せずにお礼を言っていた。

「常に笑いを意識している」という生き方がまたおかしい。

この本でも「嫁と愛猫が出ていったあと」の松尾氏の
ともすると悲哀に満ち満ちた生活のはずだが
その自分を常に笑っている自分が上にいる。

自分流の料理に凝ったりもするが
ポテトサラダに凝れば何日も創意工夫で挑んだりする。
から揚げに凝ればから揚げばかり。
しかも凝れば
「そのうち飽きるんだろう飽きるニオイがプンプンする」
という先々のことを考えてまた自分を笑う。
飽きて忙しくなればほんとにカップラーメン三昧

やはり彼の笑いってどこかペーソスを含んでいる…と思ってたら
チャップリンは大好きだそうでそんな気配はアリアリだ。

この本はブログをエッセイ風にまとめたもので

彼の「自分の生活のおかしな味わい方」に感銘を受ける。

いやどこまで本当でどこまで作りなんだと思わせるほど
視点が細かく細かいからよりおかしみがある。

後半、BSの「松尾が美青年8人に無理難題やらせるムチャな番組」を作るのが
毎回面白くて仕方ない!と
かなり倒錯したおかしさの追及に入っている。

最後は「ブログは仕事でやっていたが打ち切りになった」と
締めくくられている。
その抗えない唐突さに翻弄されるのも彼の面白さのひとつだ。

最近話題になっている彼の書いた文学「老人賭博」等も読んでみたい。


●聖女の救済
東野圭吾

なんだかんだとミーハーなようだが
東野圭吾は爆発的に売れる前から読んでいたので
いまだに読んでしまう。

そのスピード感は1日2日で読むのにぴったりだ。

今回は「装丁」が「容疑者Xの献身」に似ていることもあり
やはり最後は感動に持っていくのかと思ったが
トリックの意外性はあったが
感動にはいまひとつだった。

そして湯川がドラマ化以来福山に思えて
この本を読んでいても頭の中で動いたり喋ったりして邪魔する。
ひどいときは「みっちー」まで出てきて
「じ〜つ〜に面白い!」
前は自分の中で湯川をイメージしていたのにもう戻れない。



●酔いがさめたらうちに帰ろう。
鴨志田穣

鴨ちゃんのことは西原も愛情を持って漫画に描いたり

少し前はNHK「こころの遺伝子」で泣きながら語ったり

西原の目を通した鴨ちゃんのことしか知らなかったので
彼の本を読んでみることにしたのだ。

ここにはアルコール中毒で精神病院に入った経過を綴り

その精神病院の中でのこと…

これが悲壮感もなく

面白い「下町人情話」のような語られ方で

そこに出てくる登場人物が生き生きと描かれている。



「自治会」なるものがあり「会長」を選出したり

小さな社会があるのだ。

そこで鴨ちゃんは非常に生真面目に食事係と自治会に取り組む。

でもそこは精神病院だから
普通では考えられない様々なアクシデントがあるのだが

鴨ちゃんの中にも

松尾スズキのような「自分を俯瞰で楽しむ」才能があり

精神病の仲間がひどいことをしても
案外と仏のような目で見ている。対等にはならないのだ。

鴨ちゃんも西原も身内にアルコール中毒がいたことで
自分の生き様も結局変えられないのか…と
人生の根底に苦悩があるのだがどこか明るい。

松尾スズキもそうだが
元妻とも完全に切れない。ほっとけない人の良さがあるのだ。

この鴨ちゃんの入院生活の中でも
訪ねてくる元妻(西原)の描き方が素晴らしい。
「バカタレ!忙しいんじゃ」と言われたという日もあれば
最後の一行

「ハスの花が咲いたような妻の顔があった」
ほんとに西原ってハスの花のようだって思えて
これ以上ない表現に…泣けた。




●ナグネ・旅の途中
鷺沢萠

これは鷺沢萠が

友人と各国を旅した若い頃のエッセイ。

何かを求めるように何かから逃げるように
各国を転々と。

しかも寒い国にはいかないのだ。

そして沖縄に行ったときに
あんなにいろんな国を回って求めたものがすぐここにあった
と、沖縄のとりこにもなる。

彼女は35歳で自殺してしまった。

そのことを考えながら読んでしまうが

10代で文学界で早いデビューをした為に
燃え尽き症候群みたいな空っぽの心を持て余している部分がある。

早い結婚と早い離婚も経験。

その情緒不安定が「旅」で癒されていたのだろうか。

彼女はお酒もかなり飲む人だが
現実逃避願望は常にあったのかもしれない。

彼女は35に到るまでも独自の世界を作ってきた。
常に芥川賞候補として名を馳せてきた。

男っぽくて、でも繊細で…
自立心旺盛だけど依存心も多く抱えてたのかな。

作家って
神経を磨り減らすものだと思うので
作家以外の人からは、はかりしれない苦悩があることだろう。


作家でも

天寿をマットウする人と

自らを終焉させてしまう人がいる。



後者は自分の中では
「終わった」と思って幕をひいたことだろう。
こうなってしまえば
自殺もその作家の一部として理解」するしかないが

やはりどうしてもやりきれない。
生きてて欲しかった。
posted by 彩賀ゆう at 11:06| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月30日

読書雑感5冊

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●世界に抱かれるために
田口ランディ

ランディは自分の業というものに
いつも真っ正直だ

『こういう考えは偽善にちがいない』や
『こういうのは卑怯だ。私は嫌で嫌で逃げたいのだ』
『悲劇的な事件に胸を痛めている…
だが実際は日常の一喜一憂に生きている』とか

『当事者くらいのつらさを引き受けているつもりの
取材者だったが…いざ当事者になると全く違った…
当事者の痛みをわかったつもりは思い上がりだった』

ということなど

それは全て読む者の業をも刺激する。


そして彼女はいつも

引きこもりで餓死した
その翌年亡くなった
酒乱でどうしようもない

かつての父と兄の諍い

のことが頭から離れない。


特に「兄がどうして死ななければならなかったのか」は
彼女を今も締め付ける。

その結論を求め
ランディが興味を持つ
超自然的なものを司る人達に出会ったときに
繰り返し尋ねるのだ

普段は豪放磊落に見えるランディ
夫や子供を愛してる傍ら
いろんな人達と飲み歩き遠出し
人生について気の済むまで追求する。

ウサ晴らしとあくなき追求。
『人間』についてとことん語り尽くす
相手がいるのも幸せだ。

日々忙殺されながら
皆本当は人間や人生について語りたいのだ。
と私は思っている。

近年
ならずものの父親が亡くなり

(このお父さん、読者にも
晩年は優しくなったり喧嘩したり弱くなったり
いろんな側面を見せてくれた…人間臭くて嫌いになれない)

また彼女の歴史が刻まれた

生きている意味
家族の生涯の意味づけを
ランディなりの結論を追ってゆくんだろう。

「もう考えるな」そう言われることもあるが
多分考え続けて行くのがランディなんだろう。



●ラクガキいっぷく
中野翠


中野翠のイメージって
シニカルでもあるが高潔で一本気というか

(あの直線的な髪型の印象もあると思う)

それでいて落語に造詣が深い
粋なオジサンのような側面を持つ。

アグネス論争のときは
当時独身の林真理子と一緒に喧々囂々だったが

林真理子は子供を産み
それでも夜な夜なパーティーに出かけたり
ブランドを買いあさったりしている

中野翠とは子連れで職場に来るアグネスに
当時不快感を持ったというのが一致しただけで
そもそも生き方が違うのだろう
あれからは一緒になることはないみたいだ。

時代は変わり
アグネス効果か
子連れ出勤も市民権を得てきた。
仕事場にちゃんとした場所が設けられれば
子連れも迷惑ではない時代に。

今回のエッセイでも
いろんなとこで感心したり共感したりしたが

『アメリカアクション映画で周りの人が大量に死んだり
すべてが壊れたりすると主人公に感情移入するより
周りはどうなるんだ、片付けとか…と途方にくれる』

という部分。

先日2012を観た私はまさにそういう感情
『都合良すぎるストーリー』に腹がたった
家族の九死に一生というのを描く
ことを優先した余り周りの悲劇がないがしろ

…中野翠的にプンプンした。

余談だが

中野翠は石川三千花とのコラボが好きである。
彼女らの欧米俳優達への
賛否あれこれがかなり一致してて名コンビだと思うのだ。

もうメリルストリープについて2人はこう思ってる
とか
ジョンキューザックについてはこうだ
とか
私の頭にインプットされ過ぎている。

そして絵心満載の2人だからこその
俳優のファッションや表情についての一過言が面白い。



●墓場まで何マイル?
寺山修司

寺山修司が息をひきとる直前まで書いていたエッセイ

彼は病に倒れながらも
入院はせず、いろんなところを渡り歩いていたようだ。

自分の足跡を遺し、自分の旅立ちに悔いを残さない為に
…だろうか。

エッセイも昔を振り返りながら
感慨に耽っている。

そして角川春樹や吉本隆明と対談している章があるが

角川春樹には
父親になれなかった自分
そして

吉本隆明には
『死』についての文学的見地からの解釈」を話している

寺山修司は
永遠の独身貴族というイメージで
また家族が似つかわしくないような
色気のあるタイプだと思っていたが

息子を持って置けばよかった」というふとよぎる思い

角川の「息子の為なら…」という実際の子供への愛を聞きながら

「俺は家族を知らないから自身がない」と

「この歳から子供を作っても、
子供の悩みを聞くくらいの時期にはよれよれだから」

と生涯独身の意志を固める寺山。

なんだか感慨深かった。

しかし寺山の心象風景にはとにかく「息子」しかいないのも
なんだか。
娘というイメージはゼロのようだ。

病の中で書いたエッセイの中で
子孫がいれば「,(コンマ)」だが俺は「.(ピリオド)」

というようなことを語っているのも

持つなら息子…それは次世代の自分の分身
そう思っていたのかもしれない。

吉本隆明(ばななの父)は
思想家、文芸評論家としても有名だが

吉本×寺山の語る「死」というものは

私が友人と語る「死」とは全く違う

よくぞこれほど文学的見地から語れると思うようなものだった。
そこには文学の先人が対峙してきた「死」と
自らのそれを擦り合わせるような果てしないイメージの作業だが
その対談の中で
吉本、寺山それぞれが「死」に対しての何かを固めて行く感じはある。
覚悟のようなもの?
諦めのようなもの?
宗教のようなもの?

その死に対する文学的対談

そこに置かれ右から左から下から上から
いろんな角度で覗かれる「死」は
私が考えるより高尚で
ある年齢を重ねた境地で
悟りえるものか…などとも思う。

私にとっての「死」はまだ漫然としている。



●ちょっと長めのショートショート親友のたのみ
星新一

彼特有の不可思議な空気で
ぐんぐんひきこむ
今回ワインを飲みながら読んだところ…
なんてワインに合うんだろうと思った。

しかしこの少し長めのショートショートという長さ
普段のショートショートより
オチが釈然としない

星新一は長編なら長編のたっぷりとした面白さがあるのに

この長さは
クライマックス直前でバッサリ切られてしまうような
その気持ち悪さと
ひきずる感じが残る。

ショートショートのオチが鮮やかな爽快感ではない。
もしや短距離やマラソンが得意でも
中距離が苦手なランナーなのか…

雑誌の文字制限の中で苦しみながら
作ったもので彼のリズムじゃないのかとも思った。

しかし実はオチのもっと前からスッパリやって
こちらに大部分を考えさせるような…
それが狙いならかなりヤラレタと思うが

今回は冒頭の
主人公イラストレーターのとこにやって来た親友…
主人公がたまたま忙しく締め切り前で構えなかったのだが
翌日親友の母親からの電話で『息子が死にました』

イラストレーターの私からみたら気になって仕方ない冒頭だったというのもあり
私自身『忙しい』と母親を追い返して嘆かれたこともあるのだ

しかし今回この長さのショートショートを読んで

オチばかりに気持ちが向かうのは

星進一の遺した彼独自の空気をたっぷり孕んだ物語に対して
失礼なことなのかもしれないと最終的に思った。

物語の道程を楽しみ、読後感のもやもやまで楽しみたい。



●介護と恋愛
遥洋子

オシャレな恋愛を手にした自分、
と同時に認知症が始まった父親…

それも偏屈で頑固で愛人までいた父親を
家族と交替で介護する自分。

女であることと娘であることにうまく折り合いをつけて
やっていこう…そうすればするほど鬱積する手に負えないもの

介護は綺麗事じゃなく
うんことの戦いだと言い切る遥洋子

病床の父の面倒を
昔の恨みから
完全放棄しているその妻(母親)
徹底し過ぎて何か可笑しさも漂う
離婚だけはしなかったのは5人の子供のことを考えてだろう。

父の思いを斟酌して
愛人に電話して連れてくる家族達…これにはたまげた

終わりに近づくとこで

10ページ使って悪態ついている
ズバリズバリ…

建前が全て崩れる瞬間。
自分の中で言葉にしてしまう瞬間

綺麗事をめった打ち!
ステキな自慢の彼氏のこともめった打ち!
介護にまつわる人々の思惑や
自分自身のズルさや本音を全部吐露してめった打ち!

読後の湿っぽさはない代わりに
めった打ち部分が胸に突き刺さったままだ。

(あとから知ったのだが
これは原沙知絵主演でドラマ化もされていた)
posted by 彩賀ゆう at 11:15| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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